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京都の人 師、10代旦入 丹波酒造屋小川直八の子 丹波酒造屋小川直八の子として生まれ、のちに旦入の婿養子として楽家に入る。 1845年28歳の頃に12代楽吉左衛門として家督を襲名し、西本願寺御庭焼露山窯に従事し同寺明和光尊より号・雲亭を賜る。のち、1871年の隠居後慶入と名乗った。 また京都府の御用に従事、博物館の御用掛けなど主に京都中心の活躍となった。慶入の時代は幕末〜明治にかけての動乱期にあたり茶や伝統文化の廃れた時代であったが茶碗のほかに立体的な置物などを作り、作陶に多様性を加えた。
印には大徳寺大綱和尚筆の細書体の「楽」印を主に使用しその他に行書体の「楽」、草書体の「楽」、隠居後は上部に「白」中部に「絲(実際には糸偏が並列)」下部に「木」といった独自の「楽」の書体の印を使用した。
〔市場評価〕★★★
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